映画化希望
本編

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2008年01月24日

■その3
 ほとんどの家のお母さんは朝が大忙しだ。新聞配達よりも早く起きて、子供達の為にごはんを作る。誰か手伝ってくれる人がいればいいけど、大抵は1人でこなさないといけない。
 セバスチャンの家はというと、セバスチャンとマリアの2人暮らしで、マリアを手伝ってくれる人は本当に誰もいなかった。その事をよく知っているから、マリアは逆にがんばれた。
 マリアは今日もセバスチャンより早く起きていた。何年も前に買った目覚まし時計がジリジリと鳴り出すので、ほとんど寝坊する事はなかった。目が覚めると、いつものように顔を洗ってから鏡で自分の顔を見た。最近は目の下のクマが気になり始め、鏡を見ると少し落ち込んでいた。だけど、落ち込んでいる暇なんてなかった。マリアのクマの事なんてほったらかしで、仕事に行く時間も、おなかをすかせたセバスチャンも迫ってくるからだ。
 着替えている暇なんてないのでパジャマのまま朝食を準備していると、眠そうな顔のセバスチャンがキッチンに現われた。セバスチャンは何故か知らないけど、いつも早起きだった。セバスチャンにミルクを飲ませて、朝食をとらせて、着替えさせて、歯磨きをさせた後で、やっと自分の朝食を食べた。
 朝食を食べた後、洋服に着替えていたら、もうそろそろ家を出ないと間に合わない時間になりそうだった。一応お化粧して、最後にもう一度鏡を見て「よし!」と言った後、家のチャイムがピンポーンと鳴った。
 マリアが玄関のドアを開けると、そこにはのっそりと背の高いくたびれたスーツを着た男性が立っていた。
「おはよう。マイケル先生。やっぱり時間通りね」
「おはようございますマリアさん。あと、私の事は先生ではなくドクターと呼んで頂きたい」
 マリアはにっこり微笑んだ。
「あら。ごめんなさいドクター」
 そう言った後で、マリアはフフッとおちゃめな顔でマイケル先生を見た。マイケル先生はボサボサの髪型の頭をポリポリ掻いて後で、自慢のメガネをクイッと上に上げた。それはマイケル先生の照れた時の仕草とマリアは知っていたので、再びフフッと笑った。
 近所の人達がマイケル先生をドクターと呼ばないのは、マイケル先生は去年教師になったばかりの若者だったからだ。それに、国に認められている「本当の」ドクターでもない。
 ただ、マイケル先生は何か一つの物事でも懸命に興味を持ち、研究を続けていれば、ドクターと呼べるという持論を持っていて、自分にはその自信があった。国の考えた基準などに縛られていては、様々な可能性を潰しかねないという考えもあってのことだった。
 実際にマイケル先生は優秀な学生だったし、周りの「本当の」ドクター達からも一目おかれていたので、決して自意識過剰な訳ではなかった。だけど、マリアもトムおじさんもマイケル先生を子供の頃から知っていたので、ドクターなんて大げさな呼び方に違和感があった。そこで、2人はせめてもの敬意を示して「先生」とは呼ぶようにしていた。
 今のマイケル先生の研究対象はセバスチャンだった。なぜ、マイケル先生がセバスチャンに興味を持ったかというと、セバスチャンの目の病気は少し不思議な病気だったからだ。今はまだわからないが、ひょっとすると病気ではないのかもしれない。
 セバスチャンは外見からすると普通の子供とまったく変わらない。常に目を閉じている訳でもないし、目に外傷があるわけでもない。目が見えないとはセバスチャン本人がそう言っているだけで、医学的に見ればセバスチャンは正常な人間という事になるらしい。
 マリアはセバスチャンの異常がわかった時に、色々な医者に相談したが、返ってくる結果はいつも同じだった。
「体に異常はみられない」
「目が見えないはずがない」
 中にはセバスチャンの事を嘘つき呼ばわりする医者までいたが、マリアはセバスチャンの言う事を信じた。そして、マイケル先生も信じている。「よくわからない事がよくわかった」からだ。「よくわからない事がよくわかった」はいい事だ。そこから新しい進歩が生まれる。マイケル先生はそう考えていた。
 マリアはマイケル先生と交代で仕事に出かけていた。近所のスーパーマーケットで朝から晩まで働いていたので、マイケル先生が来てくれるおかげで、安心して仕事に打ち込むことができるといつも感謝していた。
「マイケル君が来てくれて本当に助かるわ」
 マイケル先生は再び頭を掻くと、お堅い口調で言った。
「いえ。私は教職としてセバスチャンに教育をする義務がありますから」
 セバスチャンの暮らしている町は、障害者に対する手厚い補助を行っている。セバスチャンの場合は障害者と認められるかが難しいところだったが、マリアが「こんなに小さい子供がそんな嘘を言うはずがない」という当然の訴えを続けた結果、町はセバスチャンを障害者として認めた。
 普通はセバスチャンの年頃になると学校に行かなくてはいけないが、学校内で事故が起こる事を危惧した町は、教師を家に訪問させる事に決めた。そこでやって来た教師がマリアもトムおじさんもよく知っているマイケル少年。つまりマイケル先生だった。
「じゃあ、マイケル先生、今日もお願いします」
 マリアはマイケル先生に一礼をした後、笑顔でバイバイの仕草をして急いで家を出て行った。マイケル先生はいつも素敵な笑顔だなと思っていたけど、思ってはいけない気がしたので、下がったメガネをクイッと上げて、家の中にズンズン入っていった。

2008年01月27日

■その4
 セバスチャンは2階建ての古い家に住んでいた。この家はセバスチャンの祖父が建てた家で、父親もこの家で育った。建ってからずいぶんと建っているので、外壁の塗装が所々剥げていたり、薄くなったりしていて、外から見るとずいぶんとみすぼらしかったが、中は結構快適で、今のところこれといった問題もなく、親子2人で暮らすには十分過ぎるほど広かった。
 家の中はトイレ以外はドアが無く、セバスチャンが通り抜けしやすいように工夫されていた。玄関を入ると、だだっ広い部屋にキッチンとリビングとセバスチャンの部屋が一緒になっていた。部屋を見渡すと、広さのわりには家具が少なく、テーブルはキッチンに一つだけ、イスもキッチンにそれぞれ1つだけ置いてあった。あとは、壁に寄せられた簡単な棚と、観葉植物が3鉢と、セバスチャンのベッドが置いてあった。この中でもベッドだけやたらと大きく、他とのバランスが悪くて、妙に目立っていた。
 セバスチャンはキッチンのテーブルを中心に、トイレの位置や庭の位置を覚えていたので、一日の大半をキッチンで過ごす事が多かった。マリアも寝るとき以外はセバスチャンの近くにいたので、自然とキッチンに居ることが多かった。そういう理由もあって、2人共、リビングはほとんど使っていなかった。
 夜になると2人は別々の部屋で過ごした。セバスチャンは自分のベッドに入ると、すぐに眠りについた。マリアは2階の寝室で、眠りにつくまで、本を読みながら過ごしていた。
 キッチンのテーブルはすごく活躍していた。朝は朝食に使われて、夜は夕食に使われた。お菓子を食べるのも、ミルクを飲みながら談笑するのも、このテーブルがいつも使われていた。それに、マイケル先生がやって来た時は学校の机代わりにもなったりした。
「おはようセバスチャン。さあ、授業を始めよう」
 マイケル先生の授業はいつもこのセリフから始まる。このセリフを聞くとセバスチャンの背筋はピッと伸びる。先生にとってセバスチャンのこの動作は嬉しいものだった。マイケル先生もセバスチャンに負けないくらいに背筋をピンと伸ばした。
 セバスチャンの学校の生徒は今も昔もセバスチャンたった一人だけだった。家の中が学校なので絶対遅刻する事は無いし、先生はセバスチャン一人に集中して教えてくれるので、そういう意味ではラッキーな生徒だった。
 マイケル先生は自分用の教科書をテーブルの上に置いた。
「さあ、今日の1時限目は歴史の授業だ」
 セバスチャンもテーブルの上に自分用の教科書を取り出すと、ピラピラと指でページを捲り始めた。
「ドクターマイケル。今日は何ページ?」
 マイケル先生はセバスチャンから教科書を取って、今日の授業で使うページを開いてから、セバスチャンに戻した。
「今日は86ページからです」
 そう言うと、マイケル先生は歴史の授業を開始した。
 目の見えないセバスチャンにとって、マイケル先生の授業は、自分の想像力を掻き立ててくれるのに十分だった。セバスチャンはいつもマイケル先生の授業を聞きながら、自分の頭の中をグルグルと泳ぎまわった。マイケル先生は色々な話をセバスチャンに話してくれた。その中でも特にセバスチャンが好きなのは、宇宙や自然に関する少し神秘的な話だった。
 『ウチュウ』っていうところにはたくさんの『ホシ』があって、その『ホシ』の一つにみんなが住んでいて、セバスチャンの住んでいるこの家は、みんなが住んでいる『ホシ』のほんのちょっとだけ。よくわからないけど、そんな話を聞くとなんだかワクワクしてきた。
 そもそも、この世界は一体どうなっているんだろう?自分自身も含めて『ニンゲン』とは一体どんな『モノ』なんだろう?マイケル先生はその答えを全て知っていたけど、さすがのマイケル先生でもセバスチャンの頭の中に入って、答えを見せてあげる事はできなかった。
 授業が一段落してきたところで、セバスチャンがこう言った。
「マイケル先生。昨日の『チキュウミステリー』のキーワードは『チキュウオンダンカゲンショウ』だったよ」
 『チキュウミステリー』は毎日夕方から放送されている、地球で起こる様々な自然現象や不思議な事件を紹介するラジオ番組だ。子供向けの番組ではないので、セバスチャンには理解できない内容が多いが、セバスチャンの好きな『チキュウ』に関する話題がよく紹介されるので、セバスチャンはこの番組を毎日楽しく聞いていた。特に好きなコーナーは、この番組の司会者でありまた自然学者でもある、ポーリー博士のコラムと、最近話題になっているキーワードを紹介するコーナーだった。この『チキュウミステリー』をセバスチャンに教えてあげたのは他ならぬマイケル先生で、マイケル先生自身もこの番組のファンの一人だった。
「うん。私も昨日聞いていたから知っているよ。どうゆう意味かはわかったかい?」
 セバスチャンは少し自慢げな顔になった。
「お母さんが『チキュウ』が暑くなるとアイスクリームが溶けてみんなが困るって教えてくれたよ」
 マイケル先生は少し笑ってしまった。そして、頭の傍でマリアの笑顔を思い出した。
「ははは。それはおもしろい見解だね。それも一つの答えとしては正しい。但し根本的な原因は・・・」
 マイケル先生はそう言い出すと、地球温暖化について凄い勢いで話し始めた。学術的なデータや温暖化による影響、そして自分の見解も取り入れながら粘り強く説明をしていたが、何分相手が悪かった。
セバスチャンはマイケル先生がアイスクリームを『ナンキョク』に例え始めたぐらいから、頭の中がグルグルになってしまっていた。その上なんだか難しそうな用語まで飛び出してきて、何が何だかさっぱりになってウトウトしてきた。
 セバスチャンがマイケル先生の話にノックダウンしかけているところで、マイケル先生はハッと気付いて少し反省した。相手はまだ子供だった。そう思うと自分の失敗を立て直すように、コホッと咳払いをした後で授業を再開した。
「さあ、では次の授業だ。」
 セバスチャンは目が見えないせいなのか、他の子供達より多くの事に興味を持ち、何でも質問した。マイケル先生はセバスチャンの質問には常に明瞭な回答をしてあげので、そういう意味でもこの2人は良い生徒と良い教師だった。だけど、今日のセバスチャンの質問はいつもと違って、凄く答えにくいものだった。
 2時限目の授業が終わったと直後に、セバスチャンがマイケル先生に質問した。
「先生は『オンナノコ』が好き?」
 意外な質問をされたマイケル先生は、少し顔が赤くなってしまった。もちろん、マイケル先生の答えは「好き!」に決まっているが、恥ずかしいので反対にセバスチャンに質問をした。
「ど、どうしてそんなことを聞くんだい?」
 実は今日の朝、トムおじさんと会った時、トムおじさんがこんな事を言っていた。
「最近、君の家の近くに新しく人が引っ越して来たって知っているかい?」
 セバスチャンは知らないと答えた。そうするとトムおじさんは
「新しい人は娘さんがいて、君と同じ8歳の女の子だよ。仲良くしてあげなさい」
「『オンナノコ』?」
 セバスチャンは不思議そうな顔をした。『オンナノコ』は聞いた事があるけど、意味がよくわからない。
「僕は『オトコノコ』だよね。『オトコノコ』と『オンナノコ』は何が違うの?」
 トムおじさんは眉間にシワをよせて、難しい質問だなと思ったが、セバスチャンがわかるように説明してあげようとした。
「君のお母さんは、昔は女の子だったよ」
「僕のお母さんは昔は『オンナノコ』で今は違うの?」
 トムおじさんはしまったと思った。セバスチャンはますます不思議な顔になってしまった。
「いやー、君のお母さんは今でも女の子だけど、人によっては女の子って呼ばないかもしれないね」
「人によって変わっちゃうものなの?」
「うーん。ちょっと難しいな・・・。でも、おじさんからすると今も昔も女の子だよ」
 セバスチャンは腕を組みながら言った。
「うーん。難しいんだね」
 セバスチャンが頭を悩ませているので、トムおじさんはさらに話しをしてあげた。
「君は男の子だから、女の子に優しくしてあげないといけないよ」
「『オトコノコ』は『オンナノコ』に優しくしてあげないといけないの?」
「そうそう。『オンナノコ』はか弱いからね。君はか弱くはないだろう」
「『オンナノコ』は『カヨワイ』のかー」
 セバスチャンは頷いた。
「そう。女の子はか弱くてかわいいものだよ」
「『オンナノコ』は『カヨワク』て『カワイイ』の?」
 トムおじさんはにっこり笑いながら言った。
「そうだよ。女の子はとってもかわいいよ」
 セバスチャンは急に笑顔になった。
「『カワイイ』はいい事だよね。お母さんがたまに僕を『カワイイ』って言ってくれるよ」
 セバスチャンが笑ってくれたので、トムおじさんもさらに笑顔になった。
「そうだよ、うん。君もかわいいけど女の子もかわいいよ。男の子は女の子がかわいいから好きになるんだよ。君もいつか、好きな女の子ができる日が来るかもしれないね」
「僕がお母さんを好きなのと同じ?」
「うん。同じだよ」
 セバスチャンは少し考えこんだ。
「ドクターマイケルは『オトコノコ』だよね?じゃあドクターマイケルも『オンナノコ』が好きなのかな?」
 トムおじさんはハハハと笑った。
「どうかなー。彼は内気に見えるけど、・・・私と同じようにね。でも、きっと好きだと思うよ。私もチャンスがあれば・・・まあ、君に言ってもわからないかな」
 トムおじさんは照れたように再びハハハと笑いだした。セバスチャンはちょっぴり不思議だったけど、気にしない事にした。
 そんな経緯があって、マイケル先生は今までにないくらい困っちゃう質問をセバスチャンにされてしまった。しょうがないのでマイケル先生はメガネをクイッと上げて「その質問は、また後日答えよう」と答えた。
 今日のセバスチャンの質問は、マイケル先生にしては珍しく「保留」になってしまった。

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プロフィール

南国特産

Author:南国特産

初めて小説を書きました。
もの凄くヘタですが、もしよろしければ読んでみてください。

感想等、お待ちしています。

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