映画化希望
2008年01月

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2008年01月27日

■その4
 セバスチャンは2階建ての古い家に住んでいた。この家はセバスチャンの祖父が建てた家で、父親もこの家で育った。建ってからずいぶんと建っているので、外壁の塗装が所々剥げていたり、薄くなったりしていて、外から見るとずいぶんとみすぼらしかったが、中は結構快適で、今のところこれといった問題もなく、親子2人で暮らすには十分過ぎるほど広かった。
 家の中はトイレ以外はドアが無く、セバスチャンが通り抜けしやすいように工夫されていた。玄関を入ると、だだっ広い部屋にキッチンとリビングとセバスチャンの部屋が一緒になっていた。部屋を見渡すと、広さのわりには家具が少なく、テーブルはキッチンに一つだけ、イスもキッチンにそれぞれ1つだけ置いてあった。あとは、壁に寄せられた簡単な棚と、観葉植物が3鉢と、セバスチャンのベッドが置いてあった。この中でもベッドだけやたらと大きく、他とのバランスが悪くて、妙に目立っていた。
 セバスチャンはキッチンのテーブルを中心に、トイレの位置や庭の位置を覚えていたので、一日の大半をキッチンで過ごす事が多かった。マリアも寝るとき以外はセバスチャンの近くにいたので、自然とキッチンに居ることが多かった。そういう理由もあって、2人共、リビングはほとんど使っていなかった。
 夜になると2人は別々の部屋で過ごした。セバスチャンは自分のベッドに入ると、すぐに眠りについた。マリアは2階の寝室で、眠りにつくまで、本を読みながら過ごしていた。
 キッチンのテーブルはすごく活躍していた。朝は朝食に使われて、夜は夕食に使われた。お菓子を食べるのも、ミルクを飲みながら談笑するのも、このテーブルがいつも使われていた。それに、マイケル先生がやって来た時は学校の机代わりにもなったりした。
「おはようセバスチャン。さあ、授業を始めよう」
 マイケル先生の授業はいつもこのセリフから始まる。このセリフを聞くとセバスチャンの背筋はピッと伸びる。先生にとってセバスチャンのこの動作は嬉しいものだった。マイケル先生もセバスチャンに負けないくらいに背筋をピンと伸ばした。
 セバスチャンの学校の生徒は今も昔もセバスチャンたった一人だけだった。家の中が学校なので絶対遅刻する事は無いし、先生はセバスチャン一人に集中して教えてくれるので、そういう意味ではラッキーな生徒だった。
 マイケル先生は自分用の教科書をテーブルの上に置いた。
「さあ、今日の1時限目は歴史の授業だ」
 セバスチャンもテーブルの上に自分用の教科書を取り出すと、ピラピラと指でページを捲り始めた。
「ドクターマイケル。今日は何ページ?」
 マイケル先生はセバスチャンから教科書を取って、今日の授業で使うページを開いてから、セバスチャンに戻した。
「今日は86ページからです」
 そう言うと、マイケル先生は歴史の授業を開始した。
 目の見えないセバスチャンにとって、マイケル先生の授業は、自分の想像力を掻き立ててくれるのに十分だった。セバスチャンはいつもマイケル先生の授業を聞きながら、自分の頭の中をグルグルと泳ぎまわった。マイケル先生は色々な話をセバスチャンに話してくれた。その中でも特にセバスチャンが好きなのは、宇宙や自然に関する少し神秘的な話だった。
 『ウチュウ』っていうところにはたくさんの『ホシ』があって、その『ホシ』の一つにみんなが住んでいて、セバスチャンの住んでいるこの家は、みんなが住んでいる『ホシ』のほんのちょっとだけ。よくわからないけど、そんな話を聞くとなんだかワクワクしてきた。
 そもそも、この世界は一体どうなっているんだろう?自分自身も含めて『ニンゲン』とは一体どんな『モノ』なんだろう?マイケル先生はその答えを全て知っていたけど、さすがのマイケル先生でもセバスチャンの頭の中に入って、答えを見せてあげる事はできなかった。
 授業が一段落してきたところで、セバスチャンがこう言った。
「マイケル先生。昨日の『チキュウミステリー』のキーワードは『チキュウオンダンカゲンショウ』だったよ」
 『チキュウミステリー』は毎日夕方から放送されている、地球で起こる様々な自然現象や不思議な事件を紹介するラジオ番組だ。子供向けの番組ではないので、セバスチャンには理解できない内容が多いが、セバスチャンの好きな『チキュウ』に関する話題がよく紹介されるので、セバスチャンはこの番組を毎日楽しく聞いていた。特に好きなコーナーは、この番組の司会者でありまた自然学者でもある、ポーリー博士のコラムと、最近話題になっているキーワードを紹介するコーナーだった。この『チキュウミステリー』をセバスチャンに教えてあげたのは他ならぬマイケル先生で、マイケル先生自身もこの番組のファンの一人だった。
「うん。私も昨日聞いていたから知っているよ。どうゆう意味かはわかったかい?」
 セバスチャンは少し自慢げな顔になった。
「お母さんが『チキュウ』が暑くなるとアイスクリームが溶けてみんなが困るって教えてくれたよ」
 マイケル先生は少し笑ってしまった。そして、頭の傍でマリアの笑顔を思い出した。
「ははは。それはおもしろい見解だね。それも一つの答えとしては正しい。但し根本的な原因は・・・」
 マイケル先生はそう言い出すと、地球温暖化について凄い勢いで話し始めた。学術的なデータや温暖化による影響、そして自分の見解も取り入れながら粘り強く説明をしていたが、何分相手が悪かった。
セバスチャンはマイケル先生がアイスクリームを『ナンキョク』に例え始めたぐらいから、頭の中がグルグルになってしまっていた。その上なんだか難しそうな用語まで飛び出してきて、何が何だかさっぱりになってウトウトしてきた。
 セバスチャンがマイケル先生の話にノックダウンしかけているところで、マイケル先生はハッと気付いて少し反省した。相手はまだ子供だった。そう思うと自分の失敗を立て直すように、コホッと咳払いをした後で授業を再開した。
「さあ、では次の授業だ。」
 セバスチャンは目が見えないせいなのか、他の子供達より多くの事に興味を持ち、何でも質問した。マイケル先生はセバスチャンの質問には常に明瞭な回答をしてあげので、そういう意味でもこの2人は良い生徒と良い教師だった。だけど、今日のセバスチャンの質問はいつもと違って、凄く答えにくいものだった。
 2時限目の授業が終わったと直後に、セバスチャンがマイケル先生に質問した。
「先生は『オンナノコ』が好き?」
 意外な質問をされたマイケル先生は、少し顔が赤くなってしまった。もちろん、マイケル先生の答えは「好き!」に決まっているが、恥ずかしいので反対にセバスチャンに質問をした。
「ど、どうしてそんなことを聞くんだい?」
 実は今日の朝、トムおじさんと会った時、トムおじさんがこんな事を言っていた。
「最近、君の家の近くに新しく人が引っ越して来たって知っているかい?」
 セバスチャンは知らないと答えた。そうするとトムおじさんは
「新しい人は娘さんがいて、君と同じ8歳の女の子だよ。仲良くしてあげなさい」
「『オンナノコ』?」
 セバスチャンは不思議そうな顔をした。『オンナノコ』は聞いた事があるけど、意味がよくわからない。
「僕は『オトコノコ』だよね。『オトコノコ』と『オンナノコ』は何が違うの?」
 トムおじさんは眉間にシワをよせて、難しい質問だなと思ったが、セバスチャンがわかるように説明してあげようとした。
「君のお母さんは、昔は女の子だったよ」
「僕のお母さんは昔は『オンナノコ』で今は違うの?」
 トムおじさんはしまったと思った。セバスチャンはますます不思議な顔になってしまった。
「いやー、君のお母さんは今でも女の子だけど、人によっては女の子って呼ばないかもしれないね」
「人によって変わっちゃうものなの?」
「うーん。ちょっと難しいな・・・。でも、おじさんからすると今も昔も女の子だよ」
 セバスチャンは腕を組みながら言った。
「うーん。難しいんだね」
 セバスチャンが頭を悩ませているので、トムおじさんはさらに話しをしてあげた。
「君は男の子だから、女の子に優しくしてあげないといけないよ」
「『オトコノコ』は『オンナノコ』に優しくしてあげないといけないの?」
「そうそう。『オンナノコ』はか弱いからね。君はか弱くはないだろう」
「『オンナノコ』は『カヨワイ』のかー」
 セバスチャンは頷いた。
「そう。女の子はか弱くてかわいいものだよ」
「『オンナノコ』は『カヨワク』て『カワイイ』の?」
 トムおじさんはにっこり笑いながら言った。
「そうだよ。女の子はとってもかわいいよ」
 セバスチャンは急に笑顔になった。
「『カワイイ』はいい事だよね。お母さんがたまに僕を『カワイイ』って言ってくれるよ」
 セバスチャンが笑ってくれたので、トムおじさんもさらに笑顔になった。
「そうだよ、うん。君もかわいいけど女の子もかわいいよ。男の子は女の子がかわいいから好きになるんだよ。君もいつか、好きな女の子ができる日が来るかもしれないね」
「僕がお母さんを好きなのと同じ?」
「うん。同じだよ」
 セバスチャンは少し考えこんだ。
「ドクターマイケルは『オトコノコ』だよね?じゃあドクターマイケルも『オンナノコ』が好きなのかな?」
 トムおじさんはハハハと笑った。
「どうかなー。彼は内気に見えるけど、・・・私と同じようにね。でも、きっと好きだと思うよ。私もチャンスがあれば・・・まあ、君に言ってもわからないかな」
 トムおじさんは照れたように再びハハハと笑いだした。セバスチャンはちょっぴり不思議だったけど、気にしない事にした。
 そんな経緯があって、マイケル先生は今までにないくらい困っちゃう質問をセバスチャンにされてしまった。しょうがないのでマイケル先生はメガネをクイッと上げて「その質問は、また後日答えよう」と答えた。
 今日のセバスチャンの質問は、マイケル先生にしては珍しく「保留」になってしまった。
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2008年01月24日

■その3
 ほとんどの家のお母さんは朝が大忙しだ。新聞配達よりも早く起きて、子供達の為にごはんを作る。誰か手伝ってくれる人がいればいいけど、大抵は1人でこなさないといけない。
 セバスチャンの家はというと、セバスチャンとマリアの2人暮らしで、マリアを手伝ってくれる人は本当に誰もいなかった。その事をよく知っているから、マリアは逆にがんばれた。
 マリアは今日もセバスチャンより早く起きていた。何年も前に買った目覚まし時計がジリジリと鳴り出すので、ほとんど寝坊する事はなかった。目が覚めると、いつものように顔を洗ってから鏡で自分の顔を見た。最近は目の下のクマが気になり始め、鏡を見ると少し落ち込んでいた。だけど、落ち込んでいる暇なんてなかった。マリアのクマの事なんてほったらかしで、仕事に行く時間も、おなかをすかせたセバスチャンも迫ってくるからだ。
 着替えている暇なんてないのでパジャマのまま朝食を準備していると、眠そうな顔のセバスチャンがキッチンに現われた。セバスチャンは何故か知らないけど、いつも早起きだった。セバスチャンにミルクを飲ませて、朝食をとらせて、着替えさせて、歯磨きをさせた後で、やっと自分の朝食を食べた。
 朝食を食べた後、洋服に着替えていたら、もうそろそろ家を出ないと間に合わない時間になりそうだった。一応お化粧して、最後にもう一度鏡を見て「よし!」と言った後、家のチャイムがピンポーンと鳴った。
 マリアが玄関のドアを開けると、そこにはのっそりと背の高いくたびれたスーツを着た男性が立っていた。
「おはよう。マイケル先生。やっぱり時間通りね」
「おはようございますマリアさん。あと、私の事は先生ではなくドクターと呼んで頂きたい」
 マリアはにっこり微笑んだ。
「あら。ごめんなさいドクター」
 そう言った後で、マリアはフフッとおちゃめな顔でマイケル先生を見た。マイケル先生はボサボサの髪型の頭をポリポリ掻いて後で、自慢のメガネをクイッと上に上げた。それはマイケル先生の照れた時の仕草とマリアは知っていたので、再びフフッと笑った。
 近所の人達がマイケル先生をドクターと呼ばないのは、マイケル先生は去年教師になったばかりの若者だったからだ。それに、国に認められている「本当の」ドクターでもない。
 ただ、マイケル先生は何か一つの物事でも懸命に興味を持ち、研究を続けていれば、ドクターと呼べるという持論を持っていて、自分にはその自信があった。国の考えた基準などに縛られていては、様々な可能性を潰しかねないという考えもあってのことだった。
 実際にマイケル先生は優秀な学生だったし、周りの「本当の」ドクター達からも一目おかれていたので、決して自意識過剰な訳ではなかった。だけど、マリアもトムおじさんもマイケル先生を子供の頃から知っていたので、ドクターなんて大げさな呼び方に違和感があった。そこで、2人はせめてもの敬意を示して「先生」とは呼ぶようにしていた。
 今のマイケル先生の研究対象はセバスチャンだった。なぜ、マイケル先生がセバスチャンに興味を持ったかというと、セバスチャンの目の病気は少し不思議な病気だったからだ。今はまだわからないが、ひょっとすると病気ではないのかもしれない。
 セバスチャンは外見からすると普通の子供とまったく変わらない。常に目を閉じている訳でもないし、目に外傷があるわけでもない。目が見えないとはセバスチャン本人がそう言っているだけで、医学的に見ればセバスチャンは正常な人間という事になるらしい。
 マリアはセバスチャンの異常がわかった時に、色々な医者に相談したが、返ってくる結果はいつも同じだった。
「体に異常はみられない」
「目が見えないはずがない」
 中にはセバスチャンの事を嘘つき呼ばわりする医者までいたが、マリアはセバスチャンの言う事を信じた。そして、マイケル先生も信じている。「よくわからない事がよくわかった」からだ。「よくわからない事がよくわかった」はいい事だ。そこから新しい進歩が生まれる。マイケル先生はそう考えていた。
 マリアはマイケル先生と交代で仕事に出かけていた。近所のスーパーマーケットで朝から晩まで働いていたので、マイケル先生が来てくれるおかげで、安心して仕事に打ち込むことができるといつも感謝していた。
「マイケル君が来てくれて本当に助かるわ」
 マイケル先生は再び頭を掻くと、お堅い口調で言った。
「いえ。私は教職としてセバスチャンに教育をする義務がありますから」
 セバスチャンの暮らしている町は、障害者に対する手厚い補助を行っている。セバスチャンの場合は障害者と認められるかが難しいところだったが、マリアが「こんなに小さい子供がそんな嘘を言うはずがない」という当然の訴えを続けた結果、町はセバスチャンを障害者として認めた。
 普通はセバスチャンの年頃になると学校に行かなくてはいけないが、学校内で事故が起こる事を危惧した町は、教師を家に訪問させる事に決めた。そこでやって来た教師がマリアもトムおじさんもよく知っているマイケル少年。つまりマイケル先生だった。
「じゃあ、マイケル先生、今日もお願いします」
 マリアはマイケル先生に一礼をした後、笑顔でバイバイの仕草をして急いで家を出て行った。マイケル先生はいつも素敵な笑顔だなと思っていたけど、思ってはいけない気がしたので、下がったメガネをクイッと上げて、家の中にズンズン入っていった。

2008年01月22日

■その2
 セバスチャンの座っていたテーブルから回れ右をして20歩程歩いたところに、庭に通じる大きな窓がある。その窓を開けて外に出ると草花の香りがする小さな庭があった。
 セバスチャンはその庭をとても気に入っていた。
 その理由のひとつめは家の中とは匂いが違って、やわらかい草花の香りがする事。セバスチャンはこの匂いが好きだった。
 そしてふたつめは、庭で朝の体操をしていると、近所のトムおじさんが話しかけてきてくる事だった。そんな理由もあってセバスチャンは朝の体操を絶対に欠かさなかった。そして、やっぱり今日もトムおじさんが話しかけてきた。
「おはようセバスチャン。今日はいい天気だね」
 それはちょうど、セバスチャンが足を屈伸している時だった。セバスチャンはトムおじさんが話しかけてきた事に気付き、足をピタっと止めて挨拶した。
「おはようトムおじさん。今日はいい天気だよ」
 トムおじさんに挨拶を済ますと、セバスチャンは朝の体操を再開した。それを見ていたトムおじさんは、体操っていうよりもヘンテコなダンスだなと思ったけど、その事はセバスチャンには言わず、楽しそうに朝の体操の様子を見ていた。
 トムおじさんはセバスチャンが生まれるずっと前から家の近所に住んでいる人だった。外見は小太りで背が低く、顔はやさしそうで、年齢は60歳くらいに見えた。短い足でヒョコヒョコ歩く姿がなんともユーモラスで、誰からでも好かれそうな楽しそうなおじさんだった。
 しかし、マリアによるとトムおじさんは1匹の猫と暮らしていて、結婚はしていないらしい。セバスチャンが「なんで結婚してないの?」と尋ねたら、マリアは「いい人なんだけど出会いがないのかしら」と答えていた。
「トムおじさんは今日もパンを買いにいくの?」
 セバスチャンにそう言われて、朝の体操を楽しそうに見ていたトムおじさんはハッとした。ヘンテコなダンスと思っていた事が知られるとまずいので、すぐに返事をした。
「ああ。そうだよ。あそこのパンは最高だからね。そういや、マイケル先生はまだ来ていないのかい?」
 トムおじさんの朝の日課は、近所のマザーズベーカリーに焼きたてパンを買いに行くだった。こうして毎日のようにセバスチャンと会うのは、その時間がちょうど重なっていた為だった。
「えーと・・・ドクターマイケルはもうちょっとしたら来ると思うよ」
「そうか。彼はいつも時間どおりに来るもんな」
 セバスチャンはにっこりと笑った。
「うん。ドクターマイケルはロボットみたいに正確なんだって、お母さんが言ってた」
 トムおじさんは話すととても気さくでいい人だけど、積極的に人に話しかけるタイプじゃない。セバスチャンとこうして毎朝話をしているのは、セバスチャンは普通の子供と少し違っていたからだった。
 トムおじさんが初めてセバスチャンの事を知った時、とても不憫だと思った。恐らくほとんどの人がそう思うだろう。でも、話をしてみるととても明るく元気な子供で、そんなふうにセバスチャンを見ていた自分を少し恥ずかしく思った。不憫だなんて思っているのは周りの人達だけで、それは本人にとって当たり前の事だったからだ。
それと、トムおじさんはセバスチャンの事を少し心配しているところがあった。こんないい子に何かあったらと常に思っていた。
「セバスチャン。私との約束は覚えているかい?」
「うん。家の外には一人で出ちゃダメ。覚えているよ。お母さんにも言われるもん」
 トムおじさんはにっこり笑った。
「そうか。セバスチャンは偉いな。いつか庭の外に出られたらいいのにな」
 セバスチャンは楽しそうに言った。
「うん。そしたら僕は『ウミ』っていうのに行ってみたいんだ」
 トムおじさんは少し眉間にシワを寄せて、セバスチャンに聞いた。
「海?君は海が好きなのかい?」
 セバスチャンは目を輝かせて話し出した。
「うん。ドクターマイケルが言っていたよ。『チキュウ』のほとんどは『ウミ』なんだって。『ウミ』はとても大きくて、僕の家よりもずっとずっと広いんだって。『ウミ』にいけば少し自分の事がわかると言ってたよ。僕にはよく意味がわからなかったけど、それでも行ってみたいんだ」
「そうか、マイケル先生が言うんだったら間違いないな」
「うん。間違いない。ちなみにドクターマイケルをマイケル先生って呼ぶと怒っちゃうよ。私はドクターだって。」
 トムおじさんは思わず笑ってしまった。こんな小さい子供に「ちなみに」と言われちゃったからだ。
「ははは。そうだね。今度から私も彼をドクターと呼ばないと」
 トムおじさんはにこやかに笑いながら、目の前の楽しそうなセバスチャンを見ていた。だけど、セバスチャンの笑顔があまりにも楽しそうなので、逆に悲しい感情がよぎってきた。そして、言ってもしょうがない事だけど、ついつい口から零れ落ちてしまった。
「君も目が見えるといいのにな」
 セバスチャンは目が見えなかった。生まれてから一度も。この世界を、この『チキュウ』を見たことがなかった。

2008年01月21日

■その1
 小さな田舎町の小さな家に住んでいるセバスチャンは今日も元気いっぱい。朝目覚めると、パジャマの裾をずりずり引きずりながら、いつものようにキッチンにやって来てこう言った。
「おはようお母さん。のどが渇いたミルクをちょうだい」
 セバスチャンの朝起きてから言うセリフはいつも同じだ。それがたとえどんなに寒い日でも、大雨が降っている日でも関係ない。決まって「ミルクをちょうだい」だ。
 お母さんと言われて振り返った女性の名前はマリア。マリアはエプロン姿で忙しそうにキッチンで何かを作っていたが、セバスチャンが起きてきたのに気付くと、冷蔵庫から冷たいミルクを取り出して、ガラスのコップにトクトク入れた。
「おはようセバスチャン。今日も元気いっぱいね」
 マリアはセバスチャンに微笑んで「はい」とミルクを手渡した。ミルクを受け取ったセバスチャンはゴクゴクと一気にミルクを飲み干した。毎日の事だけど、この飲みっぷりにはマリアはいつも感心していた。しかも、飲み終わった後の表情がおもしろい。
「ぷはー。ありがとう。お母さん」
 どこかのおじさんがビールを飲んだ後みたいに満面の笑みを浮かべたセバスチャンは、口のまわりにべっとり付いているミルクの事なんて全然気にしない様子で、間髪いれずにマリアに話しかけた。
「お母さん。今日もガターンの音で目が覚めたよ」
 マリアは朝食の準備をしながらセバスチャンと会話した。
「ガターンの音は新聞配達の音ね。私にはガタッにしか聞こえないけど・・・」
「でも、僕にはガターンだよ」
「そうね。セバスチャンにはガターンね」
「なんでお母さんにはガタッで僕にはガターンなの?」
 セバスチャンは不思議そうな顔をしながらマリアに質問した。いつもの事だけど、セバスチャンに不思議な顔をされるとマリアの顔はちょっぴり困った顔になる。なんて答えたらこの子は納得してくれるのだろう。
「うーん。そうねー・・・人はそれぞれ違うからガターンだったりガタッだったりするのかもしれないわね」
 好奇心旺盛な子供の質問に全て答えられる親などいない。マリアはなんて答えたらいいかわからなくて、適当な事を言ってみた。でも少しだけセバスチャンに悪い気がして、自然に顔が笑ってしまった。
「ふーん。人はそれぞれ違うからなんだ。」
 意外な事にセバスチャンが納得してくれたので、マリアはほっとした。このままセバスチャンに納得してもらおう。マリアは瞬時にそう思った。
「そうそう!それぞれ違うのよ」
 セバスチャンを無理やり納得させると、マリアは火で熱せられたアツアツのフライパンに卵を落とした。部屋中にジュワーっという音がこだまして、もくもくと煙が立ち込めてた。すぐにおいしそうな匂いが広がって、セバスチャンのおなかかギュルルとなった。
「もうすぐできるから。テーブルで待っててね」
 マリアはそう言うとセバスチャンをテーブルに座らせた。
テーブルの上には小さな花柄のついたクロスが敷いてあって、その上には花が1本さしてある花瓶が置いてあった。その花は部屋に入って来るさわやかな風でひらひらと揺れて、明るい太陽の光が生き生きと感じさせていた。
 だけど、そんな花の事よりセバスチャンの頭は朝ごはんでいっぱいだった。もう、お腹がギュルルと鳴って待ちきれない。おもわずゴクリと唾を飲み込んでしまった時、テーブルの上に料理が運ばれてきた。
「はい。できたわよ」
 お腹が減って泣きそうなセバスチャンの目の前に、突然いい匂いが立ち込めた。セバスチャンは匂いを嗅いですぐにわかった。大好きなハムエッグと焼きたてのパンだ。
「今日の朝ごはんはハムエッグだね」
「そうよ。セバスチャンはハムエッグ大好きでしょ」
「うん。大好きだよ」
 セバスチャンはにっこり笑った、本当に大好きな笑顔だ。マリアはこの瞬間がたまらなかった。これ以上の幸せなんて、この世にはないかもしれないと感じた。
「じゃあ、冷めないうちに食べなさい」
 セバスチャンは「はーい」と元気いっぱいに言うと、目の前のハムエッグを口いっぱいにほおばりだした。マリアはその様子を微笑ましく見ていたが、セバスチャンがまだ口の中にハムエッグが入っているうちから再び喋りだしたので、本当に落ち着きがない子だと呆れた。
「お母さん。昨日の『チキュウミステリー』のキーワードは『チキュウオンダンカゲンショウ』だったよ。それって何の事?」
 もぐもぐ言いながらハムエッグを食べているセバスチャンの口から、おおよそ想像できないような質問が飛び出してきたので、マリアは少しおもしろかった。
「うーん・・・それは地球が暑くなってみんなが困っちゃうって事よ」
 セバスチャンは不思議な顔をした。
「地球が暑くなるとなんでみんな困っちゃうの?」
 マリアは少し考えて、これならセバスチャンもわかってくれると閃いた。
「それは暑くなるとセバスチャンの大好きなアイスクリームが溶けてなくなっちゃうからよ。アイスクリームがなくなっちゃうとセバスチャンは困るでしょ」
「うん。とっても困る。えーと。アイスクリームは『ツメタイ』だよね?」
「そうね。アイスクリームは冷たいわね」
「今日は『アッタカイ』だよね」
「そうね。今日は暖かいわね」
 この町の今の季節はとても暖かく住み心地が良い。だからセバスチャンの言っている事は大正解だった。それどころか、セバスチャンはとても頭のいい子なので大体が大正解だった。だけど、そんなセバスチャンにもずっとわからない事があった。
「でも、僕にはいまだに『チキュウ』っていうのがよくわからないんだ」
 マリアはうーんと悩むと、なんとかセバスチャンの質問に答えようとしたがダメだった。
「私もセバスチャンと同じで地球の事はよくわからないわ」
「なんでよくわからないものに名前がついてるの?」
「うーん・・・そうね。人間はよくわからないものに名前をつけたがるものなのよ」
 セバスチャンはしばらく考えて、困った時によく言うセリフを言った。
「よくわからない事がよくわかったよ」
 そんな会話をしていたら、セバスチャンのテーブルの上にあったハムエッグはもう無くなっていた。セバスチャンの持っていたフォークがそれを教えてくれたので、いつもの様に朝の日課をする事にした。
「朝ごはんを食べたから朝の体操をしてくるよ」
 そう言われて、マリアはセバスチャンの顔をふと見てみた。すると、口のまわりがさっき飲んだミルクと、朝食のハムエッグでベトベトになっていた。
「あ!ちょっと待ちなさい。口の周りにミルクと卵の黄身がベットリ付いてるわよ」
 人間の顔がこんなにおかしく汚れてしまうものだろうか。それぐれいセバスチャンの顔はおもしろかった。セバスチャンには悪いけど、マリアは大笑いしながら口の周りを綺麗に拭き取った。
 セバスチャンはマリアが凄く笑っていたので、すねたように言った。
「じゃあ。今度こそ行ってくるよ。なんで、そんなに笑うんだよ。もう!」
 マリアは笑いをこらえながら言った。
「ごめん。ごめん。おもしろくて、つい笑っちゃった。うん。気をつけて行ってらっしゃい」
「はーい」

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プロフィール

南国特産

Author:南国特産

初めて小説を書きました。
もの凄くヘタですが、もしよろしければ読んでみてください。

感想等、お待ちしています。

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